大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成6年(ワ)14062号 判決

原告

ペリニ・ナヴィ・ソチエタ・ペル・アチオーニ

右代表者

【A】

右訴訟代理人弁護士

佐々木満男

小林秀之

藤田耕司

田中成志

右補佐人弁理士

【B】

被告

川之江造機株式会社

右代表者代表取締役

【C】

被告

日本車輌製造株式会社

右代表者代表取締役

【D】

被告

丸井製紙株式会社

右代表者代表取締役

【E】

被告

明治製紙株式会社

右代表者代表取締役

【F】

右四名訴訟代理人弁護士

米原克彦

玉生靖人

本井文夫

植村公彦

右四名補佐人弁理士

【G】

主文

一  被告川之江造機株式会社は、別紙ロ号物件目録記載の装置を製造、販売又は販売のために展示してはならない。

二  被告川之江造機株式会社は、別紙ロ号物件目録記載の装置を廃棄せよ。

三  被告日本車輌製造株式会社は、別紙ロ号物件目録記載の装置を販売又は販売のために展示してはならない。

四  被告日本車輌製造株式会社は、別紙ロ号物件目録記載の装置を廃棄せよ。

五  被告川之江造機株式会社は、原告に対し、金一七五七万円及びこれに対する平成六年一月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

六  被告日本車輌製造株式会社は、原告に対し、金五二七万一〇〇〇円及びこれに対する平成六年一月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

七  原告の被告らに対するその余の請求をいずれも棄却する。

八  訴訟費用は、原告に生じた費用の二分の一と被告川之江造機株式会社及び被告日本車輌製造株式会社に生じた費用は、これを三分し、その一を右被告らの負担とし、その余を原告の負担とし、原告に生じたその余の費用と被告丸井製紙株式会社及び被告明治製紙株式会社に生じた費用を原告の負担とする。

九  この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  主文第一ないし第四項と同旨

二  被告丸井製紙株式会社及び被告明治製紙株式会社は、別紙ロ号物件目録記載の装置を使用してはならない。

三  被告丸井製紙株式会社及び被告明治製紙株式会社は、別紙ロ号物件目録記載の装置を廃棄せよ。

四  被告川之江造機株式会社は、原告に対し、金三億六〇〇〇万円及びこれに対する平成六年一月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

五  被告日本車輌製造株式会社は、原告に対し、金三億六〇〇〇万円及びこれに対する平成六年一月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

原告は、後記のとおり特許を受ける権利を譲り受け、現在特許権を有している。

1  主位的請求の概要は、以下のとおりである。

原告は、被告川之江造機株式会社(以下「被告川之江」という。)が後記装置を製造、販売等し、被告日本車輌製造株式会社(平成元年当時は日熊工機株式会社。平成一一年一月四日に合併。以下「被告日本車輌」という。)が右装置を販売等し、被告丸井製紙株式会社及び被告明治製紙株式会社が右装置を使用する行為が、右特許権及び仮保護の権利を侵害する行為であると主張して、被告らに対し、右各行為の差止め及び右装置の廃棄を、被告川之江及び被告日本車輌に対し、損害賠償の支払又は不当利得の返還を、それぞれ求めた。

2  予備的請求の概要は、以下のとおりである。

原告は、被告川之江の右行為が、右出願に係る発明に係る権利に関連して、被告川之江に対し、補償金の支払又は不当利得の返還を、それぞれ求めた。

なお、原告は、右損害賠償請求権、不当利得返還請求権、補償金請求権のうち、原告が右特許を受ける権利を譲り受ける前に既に発生していた請求権については、もとの権利者から譲渡を受けた旨主張している。

一  前提となる事実(証拠を示した事実以外は、当事者間に争いがない。)

1  原告の特許権

原告は、次の特許権(以下、「本件特許権」といい、その発明を「本件発明」という。)を有している。

発明の名称 シート材料のウエブを受取るように構成され配置された巻返し装置

登録番号 第一六五七五二九号

出 願 日 昭和五七年五月一一日

公 告 日 平成一年四月二五日

登 録 日 平成四年四月二一日

特許請求の範囲 別紙特許公報の該当欄記載のとおり

本件特許権は、フイナンジアリア・ルツチエス・ソシエタ・ペル・アチオーニ(以下「フイナンジアリア」という。)によって特許出願がされたが、フイナンジアリアは、昭和六二年一二月二四日、メルロニ・セルヴイジ・ソチエタ・ペル・アチオーニ(後に「エンメピ・エ・エッセ エッセ.エルレ.エルレ」に名称変更。以下「エンメピ」という。)に合併され、本件特許権の特許を受ける権利も包括承継された。さらに、平成二年一二月一九日に、右特許を受ける権利は、エンメピから原告に譲渡され、平成三年二月二二日、特許庁長官に対し、特許出願人名義変更届が提出された(甲二の二、乙三四、三五)。

2  本件特許権の構成要件

本件発明の構成要件を分説すると、次のとおりである。

①  シート材料のウエブを受取るように構成され配置された巻返し装置において、

②  前記巻返し装置が、同期して回転するように作動的に互に結合された主巻取りドラム41とウエブ分離ロール43を有し、

③  主巻取りドラム41の表面に、溝46が形成され、

④  ウエブ分離ロール43が、その表面から突出するウエブ分離器45を有し、

⑤  前記溝46および前記ウエブ分離器45は、主巻取りドラム41とウエブ分離ロール43の同期回転における選択された時点で前記ウエブ分離器45が前記溝46に突入するように、主巻取りドラム41およびウエブ分離ロール43に構成され配置され、

⑥  前記ウエブ分離器45が、前記溝46の中にウエブ29を押し入れる剛い部材54を有し、

⑦  前記ウエブ分離器45は、このウエブ分離器が前記溝46に突入したときに、前記ウエブ29が、このウエブの伸びおよび引張りの限界を超える距離だけ前記溝46の中に突入して、前記溝46の中で前記ウエブ29が引裂かれるように構成され、

⑧  前記主巻取りドラム41に真空装置69、42、67が付設され、さらに

⑨  前記真空装置69、42、67は、ウエブ29の分離が起ったのちに、前記溝46の近くで前記ウエブ29の尾縁を保持するために、前記主巻取りドラム41において前記溝46の極く近くにかつこれの一側に配置される第1の吸引開孔67と、

⑩  並びに、ウエブ29の分離が起ったのちに、前記ウエブ29を保持するために、前記主巻取りドラム41において前記溝46の他側に配置される第2の吸引開孔42とを有し、

⑪  さらにまた、前記溝46と前記の第2の吸引開孔42との間に、巻芯72の表面の接着剤の主巻取りドラム41への付着を阻止するためのくぼみ66が設けられ、前記溝46と前記の第2の吸引開孔42との間のウエブの先縁の端部65が後方に折曲げできること

3  被告らの行為

被告川之江は、業として、別紙ロ号物件目録記載の装置(製品名「90Kワインダー」、以下「ロ号装置」という。なお、90Kワインダーには、ロ号装置とは構造が異なるものもある。)を製造、販売し、販売のために展示した。

被告日本車輌は、業として、被告川之江の製造したロ号装置を販売し、販売のために展示した。

ロ号装置の構成①’ないし⑩’は、本件発明の構成要件①ないし⑩を充足する。

三 争点

1  ロ号装置は、構成要件⑪を充足するか。

(原告の主張)

ロ号装置は、以下のとおり、構成要件⑪を充足する。

ロ号装置には、溝46'と真空箱連通口42'との間に、巻芯75'の表面の接着剤が主巻取りドラム41'へ付着するのを阻止するためのくぼみ66'が設けられており、溝46'と真空箱連通口42'及び吸引溝6'との間のウエブの先縁の端部65'が後方に折り曲げられる。くぼみ66'が真空箱連通口42'及び吸引溝6'の後方に突出していることは、ロ号装置と本件発明との対比において、意味のある付加ではない。

(被告らの反論)

ロ号装置は、以下のとおり、構成要件⑪を充足しない。

(一) 本件発明における、巻芯75の表面の接着剤の主巻取りドラム41への付着を阻止するためのくぼみ66は、溝46と吸引開孔42との間にのみ設けられているものに限定される。そのため、真空装置の吸引力が十分に強力で、かつ、ドラム表面の幅方向全体にわたって均一に作用する形状構造の吸引開孔を設けない限り、ウエブの先縁の端部65を吸引開孔42の前側縁位置で直線状に折り曲がらせることができず、ウエブの先縁は、波形状に折り曲がり、部分的に吸引開孔42の前側縁位置より若干後側の位置で折り曲がることとなって、くぼみ66の後側部分において、主巻取りドラム41の表面への糊の付着を完全に防止し得ず、ウエブ巻取り装置の連続稼働が不可能になるという欠点がある。これを回避しようとすれば、真空装置を大型で強力なものとした上、吸引開孔を、吸引作用がドラム面の幅方向にわたって均一に働く形状構造のものとしなければならず、そのため、消費電力も大きくなるほか、真空装置から発生する騒音も大きくなる。

(二) これに対し、ロ号装置においては、くぼみ66'が、真空箱連通口42'及び吸引溝6'の前側縁部分を越えて九・五ミリメートル後方にまで突出して、設けられている。そのため、(ア)真空箱に直結する真空箱連通口42'と真空箱に直結しない吸引溝6'との吸引力の違い、ことに幅広のくぼみ66'の位置における吸引溝6'の吸引力の極度の低下から、当該真空箱連通口42'及び吸引溝6'の前側縁位置で、ウエブを幅方向において直線状に折り曲がらせることができず、ウエブが、くぼみ66'の幅にほぼ近い範囲で後方に引きずられるように弓状に折り曲がることとなっても、主巻取りドラム41'の表面に接着剤が付着することを完全に防止し得るという作用効果を奏しているほか、(イ)真空箱連通口42'及び吸引溝6'によるウエブ先端の保持力はさほど強力である必要がないため、真空装置を小型化して、消費電力を小さくでき、真空装置から発生する騒音も低減できるという作用効果を有している。他方、(ウ)くぼみ66'部分は、主巻取りドラム41'の表面より低くくぼんでいることから、巻芯に付着された糊をウエブに転写するために必要なウエブを支えるドラム面が、くぼみ66'部分には存在しないことになり、そのため、ウエブの先端折り曲がり位置からくぼみ66'の後端縁までの間のウエブに、巻芯75'の表面の接着剤が付着し難く、くぼみ66'の後端縁より後側に位置するウエブから巻芯75'への巻取りが開始され、その結果、ウエブの先縁は、くぼみ66'部分においてくぼみ66'幅の引きつりが生じたまま巻取りが開始され、しかも、巻取り開始位置は折り曲がり位置より後側にずれた位置となるため、ウエブがきれいに巻き上がらなくなるという構造上の欠陥を有している。

2  本件特許には無効事由がある等の理由により、原告の各請求は、権利の濫用に当たるか。

(被告らの主張)

本件発明は、本件特許権の特許出願時に公知技術として存在していた接着剤の付着防止のための「くぼみ」を、周知技術に取り入れただけのものであり、何ら新規性と進歩性がなく、本来特許権として成立し得ない無効な権利である。また、被告川之江は、極く僅かな台数のロ号装置を製造、販売したことはあるものの、原告から警告を受ける以前に別の製品に切り替え済みであり、誠実に対応している。

したがって、原告の本件各請求は、権利の濫用である。

(原告の反論)

被告らの主張は争う。仮に、ウエブの切断装置、切断されたウエブの保持手段、巻芯の支持機構のそれぞれについて、公知技術が存在したとしても、それぞれの作業を行う部分をどのように組み合せて、ウエブの巻き返しを効率的に速く行うかの技術課題を解決するものではない。

3  損害額はいくらか。

(原告の主張)

(一) 被告川之江は、ロ号装置を少なくとも三六台製造し、一台当たり一億円で被告日本車輌に販売した。被告日本車輌は、ロ号装置を、一台当たり一億一〇〇〇万円で、少なくとも三六台を顧客に販売した。被告川之江は、販売価額の一〇パーセントに当たる合計三億六〇〇〇万円の販売利益を、被告日本車輌は、被告川之江からの購入価額と販売価額との差額合計三億六〇〇〇万円の販売利益を、それぞれ得ている。

よって、エンメピないし原告は、被告川之江及び被告日本車輌それぞれの行為により、右利益額と同額の損害を受けた。

(二) 前記のとおり、ロ号装置を、被告川之江は、被告日本車輌に、合計三六億円で販売し、被告日本車輌は、顧客に、合計三九億六〇〇〇万円で販売した。本件発明の実施に対し、権利者が受けるべき金銭の額に相当する額は、販売価額の一五パーセントである。

よって、エンメピないし原告が、被告川之江及び被告日本車輌それぞれの行為により受けた実施料相当の損害は、それぞれ三億六〇〇〇万円を下らない。

(三) 被告川之江は、被告日本車輌に、ロ号装置四台を、以下のとおり合計一億七五七〇万円で販売した。

〈ア〉 平成元年五月一日販売分の二台については合計八三一四万円

〈イ〉 平成元年六月一六日販売分の一台については四九七九万円

〈ウ〉 平成元年七月八日販売分の一台については四二七七万円

被告日本車輌は、ロ号装置四台を、以下のとおり、購入価額の三〇パーセントを加算した価額(合計二億二八四一万円)で顧客に販売し、合計五二七一万円の利益を得た。

〈ア〉については、一億〇八〇八万二〇〇〇円で販売した(その利益額は二四九四万二〇〇〇円である。)。

〈イ〉については、六四七二万七〇〇〇円で販売した(その利益額は一四九三万七〇〇〇円である。)。

〈ウ〉については、五五六〇万一〇〇〇円で販売した(その利益額は一二八三万一〇〇〇円である。)。

よって、エンメピは、被告らの行為により、右利益額と同額の損害を受けた。

(四) 被告川之江は、被告日本車輌に、ロ号装置四台を合計一億七五七〇万円で販売し、被告日本車輌は、これを顧客に、合計二億二八四一万円で販売した。本件発明の実施に対し、権利者が受けるべき金銭の額に相当する額は、販売価額の一五パーセントである。

よって、エンメピは、被告川之江の行為により二六三五万円、被告日本車輌の行為により三四二六万円、それぞれ実施料相当の損害を受けた。

(被告らの反論)

(一) 被告川之江は、被告日本車輌に、ロ号装置を〈ア〉平成元年五月一日に二台、〈イ〉平成元年六月一六日に一台、〈ウ〉平成元年七月八日に一台、合計四台販売した。

〈ア〉 における販売価額(二台分)は合計九三〇〇万円であるが、ロ号装置本体の価額は、オプションであるエンボスロール分の金額九八六万円を控除した八三一四万円である。右金額から原価を控除すると、荒利益は五四九万四九六一円、純利益は六九万六〇四一円である。

〈イ〉 における販売価額は五六〇〇万円であるが、ロ号装置本体の価額は、オプションであるエンボスロール分の金額六二一万円を控除した四九七九万円である。右金額から原価を控除すると、荒利益は一六六万八三一一円、純損失は一二〇万五六一五円である。

〈ウ〉 における販売価額は四五〇〇万円であるが、ロ号装置本体の価額は、オプションであるエンボスロール分の金額二二三万円を控除した四二七七万円である。右金額から原価を控除するとマイナスとなり、荒損失は二〇九万一三〇七円、純損失は四五六万〇〇三二円である。

(二) 被告日本車輌は、販売会社に過ぎず、製造メーカーである原告とは営業形態を異にする。営業形態を全く異にする販売会社の利益が、製造メーカーの得べかりし利益額であると推定される合理性はなく、被告日本車輌の関係で、特許法一〇二条二項による推定が働く余地はない。

(三) 特許権者が、製造者に対し、特許権の実施等を許諾をした場合、実施許諾に基づき製造された製品の購入者に対しては、特許権の効力が及ばないと解されている。したがって、特許権者は、一台の製品の流通から一回だけ実施料を取得できるに過ぎない。本件において、原告が請求することができる実施料相当額の損害金は、被告川之江における販売価額を前提とする実施料相当額のみであり、被告日本車輌に対し、同一製品について、被告日本車輌の販売価額を前提とする実施料相当額の損害金を二重に請求するのは合理性がない。

そして、実施料率は、三パーセントが相当である。

4  被告川之江及び被告日本車輌に対する不法行為に基づく損害賠償請求権は、時効により消滅しているか。

(被告らの主張)

被告川之江及び被告日本車輌がロ号装置の製造、販売を行ったのは、平成元年五月から同年七月に掛けての間である。本件訴訟が提起されたのは、平成六年一月一九日であるから、ロ号装置の製造、販売を不法行為とする損害賠償請求権は、右行為時から三年の経過をもって、時効消滅している。被告川之江及び被告日本車輌は、消滅時効を援用する。

(原告の反論)

被告らの主張は争う。

5  不当利得額はいくらか。

(原告の主張)

「3(原告の主張)」(一)記載のとおり、被告川之江及び被告日本車輌は、ロ号装置の販売により、それぞれ三億六〇〇〇万円の利益を不当に取得し、また、同(二)記載のとおり、被告川之江及び被告日本車輌は、ロ号装置の販売により、それぞれ少なくとも三億六〇〇〇万円の実施料相当額の利得を不当に取得し、その結果、エンメピないし原告は、同額の損失を被った。同(三)記載のとおり、被告日本車輌は、ロ号装置四台の販売により、五二七一万円の利益を不当に取得し、また、同(四)記載のとおり、ロ号装置四台の販売により、被告川之江は二六三五万円の、被告日本車輌は三四二六万円の、実施料相当額の利得を不当に取得し、その結果エンメピは、同額の損失を被った。

エンメピないし原告は、被告川之江及び被告日本車輌に対し、右各金額の不当利得返還請求権を有する。

(被告らの反論)

不当利得返還請求においては、特許法一〇二条二項の推定規定は適用されない。権利者は実施料相当額の利得の返還を請求し得るに過ぎない。権利者が被った損失額については、製造業者に対して実施許諾をしたことを前提にして得られる実施料額と解するのが相当であり、製造業者から購入した販売業者に対して重ねて実施料を得られるものと解すべきではない。実施料率は三パーセントが相当である。

6  補償金請求権を行使し得るか。

(原告の主張)

本件特許権の出願公開時における特許請求の範囲第4項(以下、右第4項に係る発明を「公開発明」という。)は、次のとおりである。

「シート材料のウエブを受取るように構成され配置された巻返し装置において、らせん状に配置される溝をロール面に有する第1巻取りロールと、並びに第1巻取りロールの溝のらせんに対向するらせん状に配置されたウエブ分離器を有するウエブ分離ロールとを備え、前記第1巻取りロールの溝と前記ウエブ分離ロールの分離器が、選択された時点で互に作動的に並置されて前記ウエブの伸びおよび引張り特性を超える距離まで前記ウエブを前記溝の中に移動させこれにより前記溝の中で前記ウエブを引裂くように構成され配置されていることを特徴とする巻返し装置。」

ロ号装置は、本件発明の技術的範囲に属し、かつ、公開発明の技術的範囲にも属する。被告川之江は、遅くとも昭和六二年一二月二五日には、公開発明の出願公開された内容を知っていた。

よって、エンメピは、被告川之江に対し、補償金請求権を有する。

なお、出願公開された後に、特許出願に係る発明であることを知って当該発明を実施したときは、出願公告後に補償金を支払うべきであるから、本来支払うべき補償金の支払をせずに当該発明を実施することは、法律上の原因なくして補償金相当額の利益を得たことになる。公開発明に係る補償金相当額の不当利得が発生したのは、本件特許権が出願公告された平成元年四月二五日であるから、不当利得返還請求権が時効消滅するのは、その一〇年後である平成一一年四月二五日であり、エンメピの被告川之江に対する補償金に係る不当利得返還請求権は、時効消滅していない。

(被告らの反論)

原告主張の補償金請求が認められるためには、本件発明が、公開発明の技術的範囲を単に減縮したものでなければならない。本件発明における「くぼみ」は公開発明においては必須の要件とされておらず、本件発明は、公開発明の技術的範囲を単に減縮したものではない。よって、原告主張の補償金請求が認められる余地はない。

原告は、本件訴訟提起後である平成一〇年九月三日における第三回弁論準備手続において、公開発明に関する補償金の請求したところ、本件特許権の出願人であるフイナンジアリアは、遅くとも平成二年三月六日時点で、被告川之江が90Kワインダーを製造、販売していることを知っており、補償金請求権は、三年の経過で時効消滅している。被告川之江及び被告日本車輌は、消滅時効を援用する。

なお、補償金請求権は特許法が創設した特別な権利であるから、原告主張のように、補償金額相当の不当利得返還請求権が成立する余地はない。

7  原告は、本件特許権に係る仮保護の権利の侵害に基づく損害賠償請求権等及び補償金請求権等を有するか。

(原告の主張)

エンメピは、本件特許権に係る仮保護の権利の侵害に基づく損害賠償請求権及び不当利得返還請求権、並びに公開発明に関する補償金請求権及び不当利得返還請求権を、すべて原告に譲渡した。

(被告らの反論)

エンメピから原告への債権譲渡の効力は争う。

なお、被告川之江及び被告日本車輌による、ロ号装置の製造、販売は、平成元年五月から同年七月に掛けて行われた。当時、原告は本件特許権に係る仮保護の権利を有しておらず、無権利者であったから、原告は、ロ号装置の製造、販売に関し、損害賠償請求権及び不当利得返還請求権を有しない。

第三争点に対する判断

一  争点1(構成要件⑪の充足性)について

ロ号装置は、以下のとおり、構成要件⑪を充足し、本件発明の技術的範囲に属する。

1  「くぼみ66」の意義について

本件発明に係る昭和六三年八月一六日付け補正書及び同年一二月二七日付け補正書による補正後の明細書(以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲には、「くぼみ66」に関し、「前記溝46と前記の第2の吸引開孔42との間に、巻芯72の表面の接着剤の主巻取りドラム41への付着を阻止するためのくぼみ66が設けられ、前記溝46と前記の第2の吸引開孔42との間のウエブの先端の端部65が、後方に折り曲げできること」と記載されている(甲二の二)。

この点、被告らは、右構成要件における「くぼみ66」とは、溝46と吸引開孔42との間にのみ設けられているものに限定されると解すべきであると主張する。

しかし、①特許請求の範囲の記載上、「くぼみ66」の機能については、「巻芯72の表面の接着剤の主巻取りドラム41への付着を阻止するため」と説明されており、その配置については、「前記溝46と前記の第2の吸引開孔42との間」に設けられるという以外には、特段の限定は設けられていないこと、②「くぼみ66」が主巻取りドラム41の「前記溝46と前記の第2の吸引開孔42との間」に設けられたのは、ウエブ29の分離が起こったのちに、溝46と第2の吸引開孔42との間のウエブの先端の端部65が、後方に折り曲げられ、巻芯72の表面の接着剤が主巻取りドラム41に付着するのを阻止する目的であると解されること、③本件明細書の他の部分にも、「くぼみ66」が、「前記溝46と前記の第2の吸引開孔42との間」にのみ設置されたものに限定されると解されるような記載はないこと(甲二の二)等の理由から、この点における被告らの主張は採用できない。構成要件⑪における「くぼみ66」は、巻芯の表面の接着剤が主巻取りドラムに付着するのを阻止するという機能を有し、「前記溝46と前記の第2の吸引開孔42との間」に設置されていれば足りると解すべきである。

2  ロ号装置の構成と構成要件⑪との対比

ロ号装置の構成⑪'は、「直径五・〇㎜の真空箱連通口42'及び幅二・五㎜、深さ二・五㎜の吸引溝6'が、前記主巻取りドラム41'において前記溝46'の後側で溝46'の後側縁から五一・七㎜の間隔をおいた位置に真空箱連通口42'及び吸引溝6'の前側縁がそれぞれ接するように配置されたうえ、前記溝46'の後側縁から真空箱連通口42'及び吸引溝6'の側に六一・二㎜の長さにわたって、巻芯75'の表面の接着剤の主巻取りドラム41'への付着を阻止するためのくぼみ66'が、ドラム表面の幅方向に多数設けられた真空箱連通口42'のうち二個の真空箱連通口42'ごとに大きな幅間隔を設けられている隣り合った二個の真空箱連通口42'の間に設けられ、このくぼみ66'の後端縁は、真空箱連通口42'及び吸引溝6'の前側縁からいずれも九・五㎜後方に突出しており、前記溝46'と前記の第二の真空箱連通口42'及び吸引溝6'との間のウエブの先縁の端部65'が後方に折り曲げできる。」というものである。

右のとおり、ロ号装置における「くぼみ66'」は、「溝46'の後側縁から真空箱連通口42'及び吸引溝6'の側に六一・二㎜の長さにわたって」「ドラム表面の幅方向に多数設けられた真空箱連通口42'のうち二個の真空箱連通口42'ごとに大きな幅間隔を設けられている隣り合った二個の真空箱連通口42'の間に設けられ」、その「後端縁は、真空箱連通口42'及び吸引溝6'の前側縁からいずれも九・五㎜後方に突出し」、「巻芯75'の表面の接着剤の主巻取りドラム41'への付着を阻止する」機能を有する。ロ号装置において、「溝46'」は、ウエブ分離器が突入してウエブを分離させるものであるから、本件発明における「溝46」に該当し、「真空箱連通口42'及び吸引溝6'」は、ウエブの分離が起こった後に、真空装置によりウエブの先縁を保持するものとして、本件発明における「第2の吸引開孔42」に該当する。したがって、ロ号装置における「くぼみ66'」は、構成要件⑪における、巻芯72の表面の接着剤が主巻取りドラム41に付着するのを阻止するため、主巻取りドラム41の「前記溝46と前記の第2の吸引開孔42との間」に設けられた「くぼみ66」に該当する。

確かに、「くぼみ66'」は、右のとおり、真空箱連通口42'及び吸引溝6'を超えて、さらに後方に突出することにより、右部分も、巻芯75'の表面の接着剤が主巻取りドラム41'へ付着するのを阻止する機能を有するといえる。しかし、そのような機能を有する部分が存在したからといっても、「くぼみ66'」が、溝46'から真空箱連通口42'及び吸引溝6'までの間において、巻芯75'の表面の接着剤の主巻取りドラム41'への付着を阻止する機能を有すると解することに、何ら消長を来すものではない。

なお、乙一三号証(米国特許第二、五八五、二二六号の明細書)には、巻取り装置において、コア(巻芯)に塗布された接着剤がフィードロール(巻取りドラム)に付着するのを阻止するために、フィードロールに設けられたくぼみについて記載があるが、右記載によって、「くぼみ66」が、溝46と第2の吸引開孔42との間のみに設置されたものに限定されるとすることはできない。

以上のとおりであるから、ロ号物件は、本件発明の技術的範囲に属し、被告川之江がロ号物件を製造、販売し、被告日本車輌がロ号物件を販売する行為は、本件特許権及びその仮保護の権利を侵害する。

なお、被告丸井製紙株式会社及び被告明治製紙株式会社が、ロ号物件を使用していたと認めるに足る証拠はない。

二  争点2(無効事由の存在等を理由とする権利濫用)について

被告らは、本件発明には、新規性及び進歩性がなく、無効事由が存在する旨主張する。しかし、本件全証拠によるも、被告らの主張を裏付ける証拠はなく、右主張は失当である。

三  争点4(損害賠償請求権の時効消滅)について

被告川之江は、被告日本車輌に、ロ号装置を〈ア〉平成元年五月一日に二台、〈イ〉平成元年六月一六日に一台、〈ウ〉平成元年七月八日に一台、合計四台販売し、被告日本車輌は、右ロ号装置をそれぞれそのころ販売したと認められる(乙二五ないし二九(枝番号は省略する。以下同様とする。))。本件全証拠によるも、その他、被告川之江及び被告日本車輌がロ号装置を製造、販売したと認めることはできない。

フイナンジアリアは、平成二年三月六日付けの書面において、被告川之江に対し、同被告が製造、販売している「90Kワインダー」が、本件発明の技術的範囲に属することを理由として、右行為の差止めを求めたことに照らすと(甲四)、フイナンジアリアは、遅くともそのころには、被告川之江及び被告日本車輌が本件特許権の仮保護の権利を侵害していることを知っていたと認められる。したがって、右ロ号装置の製造、販売に係る損害賠償請求権は、フイナンジアリアが右不法行為を知った日から満三年を経過した平成五年三月六日の経過により時効により消滅した(なお、本件訴訟の提起は、平成六年一月一九日である。)。

以上のとおり、ロ号装置の製造、販売に関する原告の損害賠償請求は理由がない。

四  争点5(不当利得返還請求権)について

1  証拠(乙二五ないし三二、弁論の全趣旨)によると、次の事実が認められる。

(一) 被告川之江は、ロ号装置を四台製造し、被告日本車輌に、次のとおり販売した。なお、被告川之江が、それ以外にロ号装置を製造、販売したと認めるに足る証拠はない。

〈ア〉 平成元年五月一日に二台、合計九三〇〇万円で販売した。ところで、装置全体の総製造原価(八六八五万三九〇二円)に占めるエンボスロールの製造原価(九二〇万八八六三円)の割合を基礎として、オプションであるエンボスロールの価額を算定すると九八六万円となる。そうすると、ロ号装置本体(二台分)の価額は、装置全体の価額からエンボスロールの価額を控除した八三一四万円となる。

93,000,000×9,208,863/86,853,902≒9,860,000

(一万円未満切り捨て。以下、同様とする。)

93,000,000ー9,860,000=83,140,000

〈イ〉 平成元年六月一六日に一台、五六〇〇万円で販売した。ところで、装置全体の総製造原価(五四一三万二〇五〇円)に占めるエンボスロールの製造原価(六〇一万〇三六一円)の割合を基礎として、オプションであるエンボスロールの価額を算定すると六二一万円となる。したがって、ロ号装置本体の価額は、装置全体の価額からエンボスロールの価額を控除した四九七九万円となる。

56,000,000×6,010,361/54,132,050≒6,210,000

56,000,000ー6,210,000=49,790,000

〈ウ〉 平成元年七月八日に一台、四五〇〇万円で販売した。ところで、装置全体の総製造原価(四七二〇万二八〇〇円)に占めるエンボスロールの製造原価(二三四万一四九三円)の割合を基礎として、オプションであるエンボスロールの価額を算定すると二二三万円となる。したがって、ロ号装置本体の価額は、装置全体の価額からエンボスロールの価額を控除した四二七七万円となる。

45,000,000×2,341,493/47,202,800≒2,230,000

45,000,000ー2,230,000=42,770,000

以上のとおり、被告川之江が製造、販売したロ号装置の販売価額は、合計一億七五七〇万円である。

(二) 被告日本車輌は、被告川之江から購入したロ号装置四台を、顧客に対して販売した。被告日本車輌が、それ以外に、ロ号装置を販売したと認めるに足る証拠はない。

本件訴訟の手続の経緯によれば、被告日本車輌は、被告川之江から購入したロ号装置について、その購入価額に、その三〇パーセントに当たる五二七一万円を加算した価額(合計二億二八四一万円)で販売したものと推認される。

2  被告川之江及び被告日本車輌は、それぞれ、権利者の許諾を得ることなく、本件発明の技術的範囲に属するロ号装置を製造、販売したのであるから、両被告は、本来支払うべき実施料の支払を免れ、他方、エンメピは、本来取得し得るはずであった実施料の支払を受けられず、実施料相当額の損失を被ったと解される。よって、エンメピは、被告川之江及び被告日本車輌それぞれに対し、ロ号装置の製造、販売に係る実施料相当額につき、不当利得返還請求権を有する。そして、本件発明の内容、その他すべての事情を考慮すると、エンメピの被った損失額は、ロ号装置の最終販売価額を基礎として、その一〇パーセントに当たる実施料相当額と認めるのが相当である(弁論の全趣旨)。

そうすると、被告川之江には、自己の販売価額合計一億七五七〇万円の一〇パーセントである一七五七万円の実施料相当額の利得が生じたと解されるから、右同額の不当利得返還義務を、被告日本車輌には、販売価額から購入価額を控除した価額五二七一万円の一〇パーセントである五二七万一〇〇〇円の実施料相当額の利得が生じたと解されるから、右同額の不当利得返還義務を、それぞれ、エンメピに対して負う(この点、被告日本車輌は、前記のとおり、被告川之江から購入したロ号装置を顧客に販売したのであるから、その利得額の認定に当たり、販売価額から購入価額を控除した額を基礎として算定するのが相当と解される。)。また、遅延損害金の起算日は、本件特許権に係る請求がされたことが記録上明かな訴状送達の日の翌日と解するのが相当である。

なお、被告川之江及び被告日本車輌がロ号装置を販売することにより、エンメピが、被告川之江及び被告日本車輌が得た利益額と同額の損失を被ったと認めるに足る証拠はない。また、不当利得返還請求に関し、特許法一〇二条二項の規定を適用ないし類推適用すべきではない。

五  争点6(補償金請求)について

前記三のとおり、フイナンジアリアは、平成二年三月六日には、被告川之江が製造、販売している「90Kワインダー」が、本件発明の技術的範囲に属すると認識していたことに照らすと、フイナンジアリアは、当時、右装置が、公開発明の技術的範囲にも属すると認識していたと推認できる。そうすると、補償金請求権は、右の時点から満三年の経過により、時効によって消滅した(原告が、補償金請求を行ったのは、平成一〇年九月三日における第三回弁論準備手続においてである。)。

また、特許法六五条に基づく補償金請求権は、出願公開制度を設けたことにより、特許出願人が受ける不利益と第三者公衆の受ける利益との衡量を図る趣旨で、右規定によって創設的に定められた権利である。したがって、補償金請求権に相当する損失が発生したことを理由とする原告の主張は失当であり、不当利得返還権も認められない。

よって、原告の主張は採用しない。

六  争点7(債権譲渡)について

エンメピは、原告に対し、被告川之江及び被告日本車輌に対する、本件特許権の仮保護の権利の侵害に係る不当利得返還請求権を譲渡したと認められる(甲二二、二三)。

七  以上のとおりであるから、本件請求のうち、主文において認容した限度で理由があり、その余は理由がない。

(裁判長裁判官 飯村敏明 裁判官 八木貴美子 裁判官 石村智)

〈以下省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例